アドレポ ~テープおこしの音セトラ

(株)アドレスの情報アーカイブ Report from ADDRESS

「聞き書き」ムーブメントについて

今回は、私たちの仕事には直接関係ないのですが、まったく関係ないとも言い切れないことについて少し紹介してみます。

皆さんは「聞き書き」という活動をご存じでしょうか。文字通り、人の話を聞いて文字にすることで、特にお年寄りや貴重な体験をされた方などの話を聞き、それを文章にする活動を指しています。この聞き取りと文章化のプロセスをあえて「聞き書き」と名付けて広く活動している方々が最近は少なくありません。以前から、戦争や震災の貴重な体験などを聞き取りして記録に残こすことはありましたが、こうした聞き書きは主にマスコミや研究者、また場合によっては国や市役所などの公共セクターが行っていたケースが多かっただろうと思います。

 

実は、近年この「聞き書き」が静かなムーブメントになっています。このムーブメントとしての「聞き書き」の担い手は、マスコミや研究者でもない普通の方々です。普通の人が、近所のお年寄りや職場の知人、関心の向いた職人さんなどにインタビューをして、それを文章にまとめている点が特徴です。人が身の回りで好きに行っていることですので、ほとんど趣味の次元と言えるのかもしれません。実際にその同好の士で集い合って情報交換したり、技法を教え合ったりして楽しく行われるケースもあるようです。

 

少し違うのですが、聞き書きムーブメントとして比較的よく知られたものでは、「聞き書き甲子園」という催しがあります※1。これは個人的な趣味の聞き書きではなく、農林水産省など国の後押しでここ何年間か実施されているそうです。高校生が農林水産業に従事される方を訪ね、話を聞き、それをまとめ、成果を発表し合うイベントとなっています。企画者としては若年人口の農業理解が深まることを企図していると思いますが、確かにその生業を何十年も重ねてきた方のお話をじっくり聞く機会があれば、貴重な体験になるのではないでしょうか。中途半端な一日体験よりもずっと<異文化>としての農業・農家(漁業・漁師)の理解が進むように思います。

 

この「聞き書き甲子園」は催し物として制度化されていますが、その盛況を支えるかのように、多くの人々の間に草の根的に「聞き書き」が広がっているのが現在ムーブメントの最大の特徴です。この草の根的なムーブメントは、もちろんマスコミによる戦争の聞き取りと同じように文化や経験を後世に伝え残そうと書き記している面もあるでしょうが、それよりも何よりも、聞き手が対象の人その人について深く知りたいという強い欲求に支えられているように見えます。私がうかがった方は、会社の上司が素晴らしい人なので、どうしてこんな人物が出来上がったのか、その来歴を知りたいのでインタビューをしたいとおっしゃっていました。その人について深く知り、その人の人生を少しでも追体験したいということなのだと思います。素敵なことだと思いますが、どうでしょうか。

 

ところで、話が冒頭に戻りますが、今回の文章は「私たちの仕事に直接関係しないのですが・・・」と書き始めていました。というのも、この「聞き書き」は、テープおこしを別の人に任せることが滅多にないからです。聞き書きをする人から「テープおこし(文字おこし)が楽しくてしょうがない」とうかがったことがあります。そうくると、文字おこしを商売にする私たちのような会社は出番がありません。テープおこしの労力の肩代わりを私たちはビジネスにしていますから、もし、皆さんが「楽しくてしょうがない」とテープおこしを自前でされてしまったら商売あがったり、です。

 

しかし、こうした「楽しくてしょうがない」という声は、私たちがテープおこしを生業とし続けている原点を思い起こさせてくれます。「聞き書き」をしている方々と同じく、私たちの仕事も人間のことを深く知りたいという欲求に支えられ、突き動かされているように思うのです。それは別にインタビューに限りません。講演でも会議でも発話の形態にかかわりなく、おしなべて話し手を通して同時代の人間のリアルな声が私たちの耳には入ってきます。毎日来る日も来る日もコツコツとテープおこしをするのは本当に地道で骨の折れることですが、この仕事に没頭できるのは、人の営みについて知りたいというモチベーションに支えられているのだと思うのです。

 ※1. 聞き書き甲子園 http://www.foxfire-japan.com/